取材・インタビュー

「選手とともに一流を目指す」公認スポーツ栄養士が語るやりがいと働き方

「選手とともに一流を目指す」公認スポーツ栄養士が語るやりがいと働き方

東京五輪とリオデジャネイロ五輪でメダルを獲得したバドミントン選手や、J1サッカーリーグ楽天ヴィッセル神戸(以下、ヴィッセル神戸)の選手たちを栄養・食事面から支えてきた公認スポーツ栄養士・井上なぎささん。
世界を目指すチームや選手たちをサポートしてきたキャリアを経て、現在はフリーランスとして活躍する井上さんが、どのようにしてスポーツ栄養士の道を選び、第一線で活躍しているのでしょうか。
今回は、井上さんがスポーツ栄養士を目指したきっかけ、公認スポーツ栄養士(公益財団法人日本スポーツ協会と公益社団法人日本栄養士会の共同認定資格)取得までの道のり、現場での仕事内容のほか、やりがいについてインタビューしました。

井上なぎささん
修士(スポーツ科学)、公認スポーツ栄養士、管理栄養士、健康運動指導士、ISAK国際形態測定技師レベル1。JICA海外協力隊で3年間の国際経験を積み、国立スポーツ科学センター(JISS)にて約10年間、日本代表チームの国際競技力向上に向けた研究および支援に従事。スポーツ医・科学データを活用したサポートが得意。現在はフリーランスのスポーツ栄養士として活動中。
受賞歴:日本スポーツ栄養学会 学会賞(2019年)、奨励賞(2016年)、優秀演題賞(2015年) 日本スポーツ協会 秩父宮記念スポーツ医・科学賞/奨励賞(2016年)

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井上さんがスポーツ栄養士を目指したきっかけ

―――公認スポーツ栄養士として、日本代表チームやプロサッカーチームのサポートをされてきた井上さんですが、スポーツ栄養士を目指されたきっかけを教えてください。

井上:レーシングドライバーをしているいとこに「国際大会にいっしょに来て、現地で食事を作ってほしい」と誘われたことがきっかけでした。
大学の栄養学部を卒業し管理栄養士の国家資格を取得後、JICA海外協力隊として約3年間アフリカのニジェール共和国で栄養失調児削減に向けたプロジェクトに携わりました。帰国して間もないころ、いとこから突然、フランスの「ル・マン24時間レース」への帯同に半ば強引に連れていかれて(笑)。

当時は「スポーツ栄養士」という仕事があるということすら、なんとなくしか知らない状態だったのですが、現地には日本人選手に合う食事がほとんどなかったので、いとこが食べやすい「おにぎり」や「味噌汁」などの日本食を作りました。

その現場で、海外のレーサーたちは専属のスポーツ栄養士を同行させ、データにもとづいてリカバリー食を適切なタイミングで提供している姿を目の当たりにしました。その様子に「スポーツ栄養って、こんなに科学的でおもしろい世界なんだ!」と衝撃を受け、スポーツ栄養の勉強を本格的にしたいと思うようになりました。

―――そこから本格的にスポーツ栄養について学び始めたんですね。

井上:はい。帰国後は運動栄養学の修士課程に進み、研究を通じて科学的な考え方や、課題を自分で論理的に解決することを学びました。修士課程修了後は食品メーカーに就職し、サプリメントの営業や講習会などを担当していましたが、その中で「サプリだけで強くなることはない。やはり基本となる食事が大切だ」と強く感じるようになりました。
ただ、企業にいると、やはり利益が求められるため、食事の重要性を理解しつつも、サプリメントの販売を優先しなければならない状況に、葛藤を抱くようになったんです。

「日本代表チームや選手に対して、最先端の栄養サポートはどのように行われているのだろう」と興味を持ち始めたころ、独立行政法人国立スポーツ科学センター(JISS)の求人を見つけて。入職して、約10年間、他分野の専門家と連携しながら、主にバドミントンの日本代表チームの栄養サポートを担当しました。

―――2016年のリオデジャネイロと2021年の東京の2大会、五輪を経験されたんですよね。

井上:近年のバドミントン日本代表チームのすばらしい成果は、選手やスタッフの努力のたまものです。医・科学サポートチームの一員として、チームの栄養管理の基盤を科学的に整えて、選手や監督、スタッフのみなさんといっしょに切磋琢磨してきた経験は、私にとってかけがえのない財産となっています。
リオデジャネイロ五輪では髙橋礼華選手と松友美佐紀選手の女子ダブルスで金メダル、奥原希望選手が女子シングルスで銅メダル、東京五輪では渡辺勇大選手と東野有紗選手の混合ダブルスで銅メダルを獲得しました。

2019年からはヴィッセル神戸からオファーをいただき、当時はJISSの契約範囲で兼業という形でプロ契約を結びました。その後、2022年にJISSとの契約が満了したタイミングで、ヴィッセル神戸トップチームの専属スポーツ栄養士となりました。

―――フリーランスのスポーツ栄養士になるきっかけは、何かあったのでしょうか?

井上:実は、スポーツの世界では、競技レベルが高くなればなるほど、スポーツ栄養士の価値がチームや選手に伝わりにくいという問題があります。スポーツ栄養士は、企業のスポンサー経由でチームに派遣されていることが多く、選手やチームが直接報酬を支払うことが少ないため、「お金を払ってまで必要な存在かどうか」という評価がされにくい立場にあるんです。

しかし、スポーツ栄養士の本当の役割は、ただ料理を作ることではなく、科学的かつ客観的にチームや選手の課題を見つけ出し改善することです。トレーナーやコンディショニングコーチと同じように、スポーツ栄養士としても自分の価値を正当に評価してもらいたいと考え、直接契約が可能なフリーランスという働き方を選びました。

■井上なぎささんの経歴

年代 活動内容
2004年 大学卒業後、JICA海外協力隊でアフリカへ
2009~2011年 大学の修士課程修了後、食品メーカーに就職
2013~2021年 国立スポーツ科学センターに入職
公認スポーツ栄養士を取得(2018年)
2019~2022年 楽天ヴィッセル神戸トップチームとプロ契約
2022年~ フリーランスの公認スポーツ栄養士として活動

公認スポーツ栄養士取得までの道のり

―――公認スポーツ栄養士の資格を取るには、最低でも2年半かかります。かなりの勉強や実践経験が必要だと聞きます。井上さんはどのように取得されたのでしょうか?

井上:公認スポーツ栄養士になるためには、まず管理栄養士の資格を持っていることが前提になります。そのうえで、共通科目と専門科目の履修が必要で、とくに専門科目では、実際に選手やチームをサポートするインターンシップが課されます。

私は幸いにもいとこがレーサーだったため、そのチームに協力を得てインターンシップをスムーズに進めることができました。ただ、病院や学校に勤務している管理栄養士の方の場合は、まずサポート対象となるチームを自力で探すところから始まるため、非常にハードルが高いと感じます。

―――専門科目のインターンシップというのは、実際に選手やチームをサポートするということですか?

井上:そうです。実際に選手やチームのサポートを行い、その内容と成果をプレゼンテーション形式で発表します。
私の場合はレーサーが汗を多くかいていて脱水状態になりやすいという課題があったので、レーサーの水分補給をテーマに取り組みました。検定試験では、選手やチームの課題に対してどのような計画を立てて、どのように改善につなげたのかまでを具体的にまとめる必要があり、かなり大変でした。

■公認スポーツ栄養士認定までのカリキュラム
公認スポーツ栄養士認定までのカリキュラム
出典:日本スポーツ栄養学会「養成制度」(令和7年度受講開始対象)

―――実際に資格を取ってよかったと感じたことはありますか?

井上:最近ではスポーツ栄養に関する職場やチームにおいて、「公認スポーツ栄養士であること」が採用条件のひとつになっているケースが増えています。現場では、資格を持っていて当然という雰囲気さえあります。私自身も、誰かをスポーツ栄養士として紹介するときには、資格の有無を必ず確認していますね。

管理栄養士と公認スポーツ栄養士との明確な違いは定義されていませんが、資格取得を通じて、スポーツ現場で必要な知識やスキルが身につくのは間違いありません。競技特性に応じた専門的な提案や、スポーツ現場で使われる最低限の専門用語を理解していることが、チームや選手からの信頼にもつながっています。

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公認スポーツ栄養士としての仕事内容

公認スポーツ栄養士としての仕事内容

―――ヴィッセル神戸での仕事は、どのようなスケジュールで進んでいたのでしょうか?

井上:試合の有無や、試合時間(デイゲーム・ナイトゲーム)や試合場所(ホーム・アウェー)によって異なりますが、19:00キックオフのホームゲームがある日は、だいたいこんな感じでしたね。

■井上さんの1日のスケジュール(19:00キックオフのホーム試合の場合)

時間帯 内容
7:00 出勤・クラブハウス到着、サポート準備、スタッフミーティング
8:00~9:00 ベンチ外選手のコンディションチェック(脱水、身体組成など)、ドリンク準備
9:00~12:00 練習内容の確認、暑熱環境の測定、補食提供の準備
12:00~14:00 補食の喫食状況の確認、選手の個別対応
14:00~15:00 試合に出場する選手の試合前食の準備のため、提携ホテルへ移動
15:00~17:00 ホテルにて試合前食の確認・選手へのアドバイス
17:00~18:30 スタジアムへ移動、試合前に飲むドリンクの準備、暑熱環境の確認
19:00 試合開始後、ハーフタイムでのドリンクの準備
20:00 ハーフタイム後、試合後の捕食の準備
21:00~22:00 試合後の補食提供、摂取量の記録・確認
22:00~23:00 後片付け・チームの解散を見届けて退勤

―――すごい…!朝から晩まで、ずっと動きっぱなしですね。

井上:そうなんです(笑)。スポーツ栄養士の仕事って、「料理を作ること」と思われがちですが、実はそれだけではありません。私は自分自身で料理を提供するのではなく、調理師や外部業者と連携し、選手たちに必要なエネルギーや栄養素がしっかり取れるようサポートしていました。

午前中は、試合に出ない選手のサポートが中心になります。選手が来る2時間前には出勤して、スタッフ間のミーティングやコンディションチェック、水分補給用のドリンクや練習後の補食の準備をします。補食は個人の課題に応じて、量や内容を細かく調整していました。
とくに夏場はWBGT(暑さ指数)に応じたドリンクの調整するため、細かな配慮が欠かせませんね。

■夏場のピッチでの暑熱環境WBGT
■夏場のピッチでの暑熱環境WBGT

■練習後の捕食(個別パック)
練習後の捕食(個別パック)

―――試合前のサポートも、かなり綿密なんですね。

井上:はい。ナイトゲームは、試合に出場する選手がキックオフの約4時前に提携先のホテルで試合前食を提供します。私は選手より先にホテルに入り、提供される食事がメニュー通りか、量は適切かを事前に確認していました。

選手が到着すると、ひとりひとり、何をどれくらいとっているか確認します。ビュッフェ形式ですが、スケール(計量器)を置いて、ご飯の量をグラム単位で指示していました。
スタメンの選手とベンチスタートの選手では、血糖値のピークに持っていくタイミングが異なるため、それぞれに合わせて白米か玄米か、うどんかそばかなど具体的なアドバイスをしていましたね。
選手から「今日のお昼に◯◯を食べたんだけど、今は何を食べた方がいい?」と質問されることも多いので、その都度、選手の状況に応じたアドバイスを個別にしていました。

―――試合中の水分補給の管理も徹底されていたんですね。

井上:はい。試合前後に選手の体重を測定して、減った体重分の水分補給量を計算します。例えば500g減っていれば、その量に合わせてドリンクの塩分濃度や温度を調整していました。
試合中も、ハーフタイムに選手のロッカーに補食やドリンクを準備し、実際の摂取量を細かく記録します。そのデータをもとに、次の試合に向けて調整するので、試合中も常に動き続けている感じですね。

―――海外遠征の際も、やることは同じですか?

井上:むしろ海外のほうが大変です(笑)。ACL(アジアチャンピオンズリーグ)の遠征などでは、現地の食事になじめない選手も多いので、日本からお米や味噌、味噌汁の具材はもちろん、調理済みの魚、炭水化物補給用のお団子など、現地では入手できない食材を中心に持ち込んでいました。帯同シェフや現地のスタッフとも連携しながら、選手が食べやすい食環境を整えることに力を注いでいましたね。
遠征前は、食材の買い出しやパッキングに追われ、ほとんど睡眠時間が取れない日もありました。

選手たちとの接し方

選手たちとの接し方

―――井上さんが所属されていた頃のヴィッセル神戸には、イニエスタ選手をはじめ世界的に有名な外国籍の選手も多く所属していましたよね。外国籍の選手もサポートを担当されていたんですか?

井上:もちろんです。当時はアンドレス(イニエスタ)やダビ(ビジャ)、ルーカス(ポドルスキ)、トーマス(フェルマーレン)など、各国の代表を経験した選手たちが在籍していました。ただ、私自身がサッカーに疎かったため、実は着任当初はアンドレス(イニエスタ)のことも知らなかったんです(笑)。でも、逆にそれが良かったのかもしれません。先入観なく、ほかの日本人選手と同じように接することができました。

選手はスタッフのことをよく見ていますから、世界的なトップ選手でも、入団したばかりの選手でも、人によって態度を変えず、対等に接するよう心掛けていましたね。

―――チームに対して、具体的にどのような栄養サポートをされていましたか?

井上:チーム全体に対して科学的な視点から栄養サポートを行っていました。例えば、選手ひとりひとりの身体組成を定期的に測定して現状を把握し、そのデータをもとにコンディショニングコーチやトレーニングコーチと連携しながら、各選手に適した除脂肪量などの目標値を設定します。
また、定期的に血液検査を実施し、持久力の向上、ケガの予防、脱水予防など、選手が抱える課題に対して栄養素の不足がないかを客観的な数値から評価。これらの結果を踏まえ、各選手の課題改善に向けた栄養計画を個別に作成し、選手といっしょに実行計画を立てていました。

―――プロサッカー選手に向けた栄養サポート例を教えてください。

井上:サッカーは持久力が求められるスポーツであるため、多くの場合、持久力と関連の深い鉄栄養状態が注目されます。実際に血液検査では各選手の鉄栄養状態を個別に評価しますが、ビタミンD不足も頻繁に見受けられる課題のひとつです。
ビタミンD不足は、サッカー選手だけでなく世界中のアスリートに広く認められている栄養課題です。主な供給源は魚であるため、選手の魚摂取状況も血液検査データを用いて評価し、ビタミンD栄養状態を維持・向上するために、魚をとる頻度や摂取量について個別具体的にアドバイスを行っていました。

■プロサッカー選手の朝食例
プロサッカー選手の朝食例

■練習後の補食例
練習後の補食例

選手に栄養教育を行う際は、血液データを用いて客観的に栄養状態を評価し、具体的な数値を示しながら理論的に説明することを、とくに意識しています。例えば、ビタミンD不足が確認された選手にはデータを示したうえで、魚の摂取頻度や量について選手自身といっしょに具体的な目標を設定し、実践できるようサポートしていました。
私は選手への栄養サポートを行う際、一方的な指導ではなく、対話を通じて「現状の食事の課題をどのように改善できるか」をいっしょに考えることを大切にしています。

―――トップレベルの選手と向き合うなかで、苦労した経験や、失敗した経験はありますか?

井上:とくに最初の1年間はトライアンドエラーの連続でした。チームや選手がどのようなサポートを必要としているのか、具体的に何が課題なのかも手探りの状態で、選手側からも「この人は何をしてくれるんだろう」と様子を見られているような状態でした。そのため、選手からの信頼を得るまでには本当に苦労しましたね。

また、スポーツ栄養のサポートは、すぐに成果が目に見えるわけではありません。時間をかけて徐々に選手自身が効果を実感するものです。サポートを続ける中で、「疲れにくくなった」「コンディションが安定してきた」といった選手自身の体感や変化が現れてはじめて、信頼関係の土台が築けるんです。

スポーツ栄養士に必要なスキル

―――井上さんが考えるスポーツ栄養士に必要なスキルとは何ですか?

井上:私は「自分の考えを論理的に伝え、現場を納得させられる力」が一番大事だと思います。
スポーツの現場では、選手やコーチがすべての測定やデータ活用に前向きとは限りません。例えば、試合の前後に体重や血液データを測ることについて、「それで選手のメンタルが乱れたらどうするのか」と懸念されることもあります。

だからこそ、「なぜこの測定が必要なのか」「測定したデータをどのようにパフォーマンス向上に活用できるのか」を、論理的に説明できるスキルが求められます。専門的な知識だけではなく、それを現場で活かし、選手やコーチの理解と協力を得るためのコミュニケーション能力が求められます。

―――具体的には、どのようにアプローチするのですか?

井上:トップチームには、基本的に毎日のチームミーティングがあります。栄養の重要性をチーム全体に伝えたいときは、このミーティング内に栄養セミナーの時間を設けてもらえるよう交渉していました。
例えば、「栄養に関する話を10分でもいいのでさせてほしい」と監督やコーチに相談し、それをチーム全体に向けて「チームとして取り組むべきこと」として発信してもらうと、選手たちにもスムーズに浸透します。

つまり、さまざまな立場の方に協力を得ながら自分のやりたいことを実現していく調整力や行動力もスポーツ栄養士には必要なんです。

また、トップレベルでは、外国人選手や海外のコーチと話す機会も多いので、最低限の英語は求められます。ただし、英語は完璧である必要はなく、大切なのは伝えようとする努力です。英語に自信がなくても、スマホの翻訳アプリを活用するなど、積極的にコミュニケーションをとろうとする姿勢が何より大事です。

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現場で感じるスポーツ栄養士のやりがい

現場で感じるスポーツ栄養士のやりがい

―――スポーツ栄養士として、印象に残っているエピソードや「やっていてよかった」と感じた瞬間はありますか?

井上:数えきれないほどありますが、バドミントンの日本代表チームやヴィッセル神戸でのサポートを通して、選手といっしょに自分自身も成長できたと実感できたことが、何よりもうれしかったですね。

もちろん五輪でメダルを獲得した瞬間やチームが初のタイトルを獲得した瞬間もすばらしい感動でしたが、私にとって一番貴重だったのは、その結果に至るまでのプロセスを選手たちと共有できたことです。その経験こそが、自分にとって本当にかけがえのない財産になっています。

―――とくにヴィッセル神戸は、井上さんが関わっていた時期に大きく飛躍した印象があります。2019年に天皇杯でクラブ初タイトル、2020年にはACL(アジアチャンピオンズリーグ)に出場し、2023年と2024年にはJ1優勝も果たしました。

井上:2018年にアンドレス(イニエスタ)が加入した頃から、チームは本気でJ1リーグ優勝やアジアNo.1を目指す組織へと変革していきました。海外のトップクラブはスポーツ栄養をはじめ、科学的なサポート体制が日本よりはるかに進んでいて、ジュニア世代から科学的な栄養サポートが選手に展開されています。
欧州の強豪クラブでは、専属の栄養士が常駐し、コンディショニングの専門家がチームに所属することが当たり前です。
そういった環境でプレーしてきたトップ選手たちがヴィッセル神戸に加入したことで、チーム全体の栄養への意識が大きく変わったのだと思います。

私がチームからオファーをいただいた理由も、「科学的な栄養サポートを選手個別に実施できる人材」が求められていたためでした。チームのフィジカルコーチ、コンディショニングコーチ、トレーナーなどと密に連携しながら、目標であるJリーグ優勝やアジアNo.1に向けた科学的な基盤づくりを行いました。

アンドレス(イニエスタ)をはじめとするトップクラスの選手たちが「この食事では不十分」「リカバリーのタイミングはここだ」と常に主張し続けてくれたことで、「ただ優秀な選手を集めるだけでなく、コンディショニングや栄養といったサポート体制を充実させるべき」という意識がチームに根付きました。こうした改革を進める中で、4~5年をかけて優勝に向けた確かな基盤を構築できたのではないかと思います。

―――スポーツ栄養士をしていて、印象的だったことはありますか?

井上:ヴィッセル神戸を退団するとき、サポートを始めたころは私の意見になかなか耳を傾けてくれなかった選手たちが、ひとりひとり「ありがとうございました」と連絡をくれたんです。その言葉に、こちらこそ感謝の気持ちでいっぱいになりましたし、関わってきた時間が確かに意味のあるものだったと実感できました。

アンドレス(イニエスタ)のような世界で活躍してきたトッププレイヤーからも個人的にメッセージをもらえたことは、これまで取り組んできたサポートが国を越えて選手に届いていたのだと実感でき、とてもうれしかったです。

選手とスポーツ栄養士という立場ではあるけど、結局は「人と人との信頼関係」がすべてです。どれだけ正しい専門的な知識があっても、信頼関係がなければ現場では通用しません。
選手の心に届くサポートをするには、ひとりひとりと誠実に向き合うことが何より大切だと実感しました。

■イニエスタ選手と井上さんの試合後の抱擁
イニエスタ選手と井上さんの試合後の抱擁

イニエスタ選手と井上さんの試合後の抱擁

スポーツ栄養士を目指す方へのメッセージ

―――これからスポーツ栄養士を目指す方に向けて、アドバイスやメッセージをお願いします。

井上:世界を目指すチームや選手を支えるということは、スタッフである私たちも「一流でなければならない」と思っています。
私がJISSに在籍していたとき、世界で戦う選手たちの中にひとりで飛び込み、最初はすごく戸惑いました。「私なんかが、世界を目指す人たちを本当にサポートできるのか?」と、不安になったこともあります。

でも、選手たちは常に「世界一になること」を目指して、日々努力を積み重ねています。そのような姿を側で見ているうちに、自分もスポーツ栄養士として「一流を目指さなければ」と強く感じるようになりました。

そこで、自分のサポートを客観的に評価してもらうために、「日本スポーツ栄養学会で何らかの賞を獲得することを目標にしよう」と決めたんです。賞をいただければ、それが客観的なサポートの評価の証明になりますよね。そして、その実績があることで、自分のサポートにも自信がつき、選手といっしょに切磋琢磨できる資格が得られたような気がするのです。

スポーツ栄養士の仕事は、決して華やかな場面ばかりではありません。ケガをして苦しんでいる選手に寄り添ったり、ときには厳しい言葉をかけられたりすることもあります。それでも、選手やチームから「この人といっしょに戦いたい」と思ってもらえることこそが、この仕事のやりがいだと思います。
選手の努力に応えるためにも、「自分も努力し続ける」という気持ちを大切にして、ぜひスポーツ栄養士としての道を歩んでほしいですね。

まとめ

井上さんのキャリアには、「選手とともに一流を目指す」という強い信念がありました。
スポーツ栄養士には、食事管理だけでなく、信頼関係の構築やデータ分析、現場対応力といった総合的な力が求められます。
そしてこの仕事の価値を高めていくためには、ひとりひとりがプロとしての意識を持ち、現場で信頼される存在であることが大切です。

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スポーツ栄養士の基礎知識を紹介!

スポーツ栄養士の仕事は、アスリートや運動をする人が最高のパフォーマンスを発揮できるよう、栄養面からサポートする専門職です。ただ食事指導をするだけでなく、データの分析や選手・チームスタッフとのコミュニケーション、現場での柔軟な対応など、幅広いスキルが求められます。

スポーツ栄養士の仕事内容とは?

スポーツ栄養士の仕事内容は、選手やチームのコンディションをデータにもとづいて客観的に分析し、実践的なサポートを通じて改善することです。また、科学的根拠(エビデンス)をもとに、ひとりひとりの選手に最適な栄養サポートを提供することが重要です。
競技特性や選手の体調、目標に合わせた食事指導を行い、パフォーマンス向上やケガの予防、回復をサポートします。

スポーツ栄養士の主な職場

スポーツ栄養士が活躍する場所は、サッカーや野球などのプロチームを始め、ナショナルチームや実業団チーム、フィットネスクラブ、リハビリ施設、学校の運動部など多岐にわたります。また、最近では個人アスリートと専属契約を結び、フリーランスとして活動する方も増えています。

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